Home / 恋愛 / 解けない恋の魔法 / 第三章 憧れか、一目惚れか 第二話

Share

第三章 憧れか、一目惚れか 第二話

Author: 夏目若葉
last update Last Updated: 2025-04-03 18:26:01

「……疲れた」

 自然と独り言が口からついて出る。

 この日の私は提携している照明会社への訪問、社内会議、報告書の作成など、とにかく目まぐるしく過ごしていた。

 やっと長い一日の仕事を終えようとするときには、時計はすでに20時をまわっていた。

 会社を出て、駅へと向かうその道すがら、楽しそうに大きな声で会話する酔っ払ったサラリーマンの中年男性数名とすれ違う。

 ……いいなぁ、楽しそうで。

 だいたい、こんなに忙しくしていてはストレスが溜まるばかりで、恋をしている暇もない。

 とはいえ、出会い自体もないのだけれど。

 たまには私も友達を誘って飲みに行き、せめて日ごろの鬱憤だけでも晴らさなきゃやってられないな、などと考えていると、バッグの中でけたたましくスマホが鳴った。

 着信画面の表示を見て、そのまま『拒否』のボタンを押したい衝動にかられるが……。

 仕事の電話なのでそうもいかない。

「もしもし、朝日奈です」

 疲れた身体に鞭を打ち、営業用のすました声で対応する。

『あ、朝日奈さん? 今からこっち来て』

「来れる?」ではなくて、「来て」というあたりが、相変わらず有無を言わせないわがままっ子ぶりだなと思う。

 わがままというより、王様みたいだ。

 最近のストレスの元は、やはりこの人じゃないだろうか。

「い、今からですか?」

『そう。もしかしてもうお風呂入ってスッピンになっちゃったから、外に出たくないとか?』

「いえ。今仕事が終わって帰ってる途中ですので」

『そっか。じゃあ、ちょうど良かったね』

 なにがちょうどいいのか教えてもらいたい。

 こっちは長い長い一日が終わって、一刻も早く家路につきたいというのに。

 それに、こんな時間に呼びつけて悪びれている様子は一切ないようだった。

 『こんな時間まで仕事なんて大変だね』くらいのことは言えないのだろうか。

 少しは労わったり、気を遣ってもらいたい。

 ……あぁ、駄目。

 きっと、この人にそんな気の利いたことを望んではいけないのだ。

「えっと……明日ではダメなんでしょうか」

 おそるおそる、極力失礼のない言い方でそう申し出てみた。

 いいよと言うとは思えないけれど、一か八かで。

『ダメダメ』

 軽い口調で即答され、私はスマホを手にしたままうな垂れる。

『だってね、めちゃくちゃ良いアイデアが浮か
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第三話

     でも、彼の言う“めちゃくちゃ良いアイデア”というのは、どんなものなのか気になる。 これまで、まったくイメージがわかないと言っていたのに。  彼のデザイナーとしての閃きは天才的だから、なにか少しでも取っ掛かりが見つかると、常人では思いつかないアイデアが降臨してくるのかもしれない。  そうだとしたら、時間がどうの、疲れがどうの、などと私の都合を言っていられない気がした。「わかりました。今からすぐ伺います」 私がそう言うと、『待ってるねー』という明るいトーンの声が聞こえて、そのままプツリと電話は切れた。 駅に着いて改札を抜け、構内のトイレに駆け込んだ。  鏡で自分の顔を確認すると、案の定ひどい状態だった。  このあとはもう帰宅するだけだと思っていたから、無防備に化粧が崩れてドロドロだ。  浮き上がった脂を取って、上からパフで粉を施す。リップも綺麗に塗りなおした。  すでに疲れきった一日の終わりに、一番疲れる人のところへ今から向かうのだ。  エネルギーは残っているだろうか。  心配になりつつ、ほかには誰もいないトイレで密かに気合を入れた。 最上梨子デザイン事務所へ着くと、宮田さんがいつものごとく笑顔で出迎えてくれて、すぐに例のアトリエ部屋へと通された。「朝日奈さん、早かったね。そんなに早く僕に会いたかったのー?」 いきなりの先制パンチにクラクラする。いつもの冗談に突っ込む気力もない。  今日はエネルギー不足だとか、そんなことはこの人には関係ないもの。「お電話いただいたときには、もうすでに駅近くにいましたので」 淡々とそう述べると、彼は「ふぅ~ん」と生返事をしながらコーヒーメーカーへと近づいていく。  そして、ふたつのカップにコーヒーを注いで戻ってきて、例の真っ黒な高級ソファーにゆったりと腰を下ろした。「あの、早速なんですが。先ほど仰っていた、浮かんだアイデアというのは……?」 「ああ、あれね。浮かんだのはまだ漠然としたイメージだけなんだけど。朝日奈さんがどう思うか聞いておきたくてね」 「……はい」 どんなアイデアなのか、すごく気になってワクワクする。  宮田さんが奥にあるデスクへなにか取りに行って、戻ってきたと思ったらガラステーブルの上に写真を並べた。  視線を向けると、それはこの前水族館で撮った写真だった。「これ! 

    Last Updated : 2025-04-03
  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第四話

     しゃぼん玉か。会場の演出としては、アリだと思う。「入り口の両サイドに小さな装置を置いて、静かにフワフワっとしゃぼん玉が漂う中で来賓をお出迎えするのもいいですね!」 それならば、邪魔にはならないかわいらしい演出だと思う。  私の頭の中で、すんなりとイメージが湧いてきた瞬間だった。「えぇ? 入り口付近だけ? どうせならもっと派手にいこうよ」 「派手、に?」 「うん。披露宴中に上からもドバーっと、すごい量のしゃぼん玉を落とそうよ! 来賓客が驚いて、うわぁ~って声を出しながらみんな見あげるんだ」「え……」 「サプラーイズ! って感じになるでしょ。想像すると、ワクワクするね!」 あの……私はワクワクが吹っ飛んで、頭痛がしてきましたが。「そんなことできませんよ!」 「どうして?」 「来賓の方にしゃぼん玉が大量にかかって大変なことになります! それに、テーブルの上のお料理もお飲み物もすべて台無しですよ!」 「あー、そっか、なるほど」 いい案だと思ったのに、と宮田さんは肩を落としながら口を尖らせる。 来賓客の中でも特に女性は高級な着物やドレスを身に纏っている人が多数いる。  そんな人たちのお召し物に、シミがついてしまう可能性のある大量しゃぼん玉の演出なんてできるわけがない。  髪だってそうだ。  朝から美容院できちんと綺麗にセットしてもらった髪が、しゃぼん玉の泡でぐちゃぐちゃになるかもしれない。  若い人たちは比較的サプライズを喜んでくれても、中高年の人たちからはクレームになりかねないだろう。 はぁ……この人の閃きは非凡すぎるから。  凡人である私にはついていけないだけなのかな。  というより、まずは常識的なところに気を配ってもらいたいものだ。「あ、そしたらさ!」 目の前の宮田さんが、またなにか思いついたというような顔をする。  目がキラキラしている。  なにを言い出すのかと思うと、聞く私のほうが一瞬ひるんだ。「花火はどう?」 「は、花火?!」「うん。お色直しのあと、高砂に新郎新婦が座った途端に、両サイドから、シャー!って下から吹き上げる派手な花火。そういうのもサプラーイズ!って感じで、みんなびっくりするだろうね!」 そ、そんなにサプライズがお好きですか。  ドッキリを仕掛けるのが目的じゃないんですけど!「もちろん

    Last Updated : 2025-04-03
  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第五話

    「朝日奈さんさぁ、晩御飯まだだよね? たしか、仕事の帰りだって言ってたもんね」 「……はい」 「じゃあ、今からなにか買ってくるよ」 「え?!」 ……なんですか、その唐突な言動は。  今、仕事の話をしていましたよね?  この人の頭の中のスイッチングが、本当にわからない。「けっこうです。お話が済めば失礼しますので」 「この近くにさ、遅くまでやってるテイクアウトのお店があるんだ」 すぐ買ってくるから、と笑みを向ける宮田さんに、人の話を聞いていますか?と突っ込みたくなる。「朝日奈さんはきっとお腹がすいてるんだよ。人って、お腹がすくと無意識に不機嫌になるからね」 一方的にそう言葉が放たれ、パタンと部屋のドアが閉まる。  急にシンと静まりかえる部屋。  突然ひとりでこの部屋に残されてしまった。  だいたい、去り際に言ったさっきのセリフはなんなのよ。  このイライラの原因は、空腹からきているとでも?  仕事終わりに呼びつけられ、おかしな発案ばかり聞かされればイライラしてくるに決まってる。  それを私が空腹だからだと思いこむあたり、ポジティブというかズレてるというか。 誰もいないのをいいことに、私はソファーの背もたれにダランと頭を乗せて、ぼんやりと天井を見上げた。  そのまま数分が経ち、宮田さんは仕事の相手なのだから、イライラさせられたとしても顔や態度に出しちゃダメだと少しばかり反省モードになる。  本当はあの人が、デザイナー・最上梨子なのだから。 やはり今日はエネルギーが足りていないのがいけない。  エネルギー不足だと、あの気まぐれイタズラわがままっ子には太刀打ちできない気がする。  なにを買いに行ってくれたのかわからないけれど、宮田さんが戻ってきたら、適当に理由をつけて今日はもう帰ろう。  こういうときは、仕事の話も仕切りなおすのが一番だ。 宮田さんが戻るのを待っていたはずなのに……  私の身体はまるで充電が切れたかのようにソファーに沈んで、挙句まどろんでしまっていた。  ふと気づいた次の瞬間には、身体の上にブランケットが掛けられていて。  それに驚いて、咄嗟に飛び起きるように上半身を起こす。「す、すみません! 私、寝ちゃってました」 部屋の奥にある仕事用のデスクに座る宮田さんを視界に捉え、あわてて頭を下げる。  

    Last Updated : 2025-04-03
  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第六話

    「あ、起きた?」 少しまどろむ、なんてかわいいものじゃない。  どうやら私はソファーで一時間以上ぐっすりと眠ってしまっていたようだ。「疲れてたんだね」 宮田さんがデスクから離れ、こちらへと歩み寄ってくる。  その顔はおだやかで、不機嫌な様子はない。「買ってきたものが冷めちゃったな」 「本当に申し訳ありません」 宮田さんにしてみれば、食事を買いに行って戻ってきたら私は寝ているのだからあきれただろう。  あぁ、もう……穴があったら入りたい、とはこのことだ。  恥ずかしさと申し訳なさで、真っ直ぐ宮田さんのほうを見ることすらできずにうつむく。「それにしても寝ちゃうとは。いい度胸してるよね」 「っ………」 機嫌を損ねなかったのは不幸中の幸い……などと勝手に思っていたけれど。  口調とはうらはらに、実は密かに怒っているのかもしれないと疑念を抱く。 宮田さんが怒ったところなんて、今まで見たことがないけれど。  こういうタイプは怒ったら怖い……とか?「それとも、僕を誘ってるってことだったのかな?」 隣に座った宮田さんを盗み見るといつもの笑顔を浮かべていたので、なぜかそれが私をホッとさせた。  ……怒ってはいないようだ。「ち、違います!」 「はは」 誘っているとか、100%冗談だとしても恐ろしいことを言わないでもらいたい。  冷静に考えてみたら、いつもこの部屋で私たちはふたりきりなのだから。「人生で最高に大切な思い出を、一緒に造ってあげたいのはわかるけどさ。ハードに仕事をしすぎたら身体を壊すよ?」 「……え?」 「雑誌で言ってたでしょ? この仕事を始めたきっかけ」 もうそろそろ失礼します、と頭を下げて帰ろうかと思っていた矢先だった。  宮田さんが不意にそんなことを言ったのは。 それって、例の……  私が袴田部長に騙されて載ってしまった雑誌の話だ。『新郎新婦のおふたりにとって、人生で最高に幸せで大切な思い出を私も一緒に造ることができたらと思ったからです』 あの質問と答えの部分だけ活字がほかより大きかったけれど、そこまでよく覚えてるなと感心してしまう。「あれは……実際にそう思ってる部分はありますけど、ほかにももっとあるんです」 「?……なにが?」 「この仕事を始めようと思った、不純な動機です」 私が苦笑いでそう言う

    Last Updated : 2025-04-03
  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第七話

    「今から言うことは誰にも言わないでもらえます?」 「わかった」 「絶対に秘密ですよ?」 「もちろん」 本当は私がただ恥ずかしいだけで、別に今さらほかの誰かに知られたとしてもどうってことのない内容なのだけれど。  だけど大げさに“秘密”だと冗談を言う私に、宮田さんがうなずきながらイタズラっぽく微笑む。「これで僕たち、お互いの秘密を共有しあう仲になるんだね」 一応そうなりますかね。あなたのほうは本当に誰にも言えない秘密ですけど。  何故か意味深に言う宮田さんがおかしくて、思わずクスっと笑いがこみ上げた。「私が高校三年生のときの話なんですけどね。たまたま通りかかったチャペルで、モデルさんが撮影してたんですよ」 「撮影?」 「はい。今思えば、ウエディング専門誌とか、そういうのだと思うんですけど。真っ白なウエディングドレスを着た綺麗な女の人と、かっこいいタキシードを着た綺麗な男の人がいました。周りには機材がたくさんあって、カメラマンやスタッフもいて、すぐに撮影だってわかったから、私はヤジウマで遠くからそれを見ていたんです」 見ていた……というより、見入っていたんだ。  その場から離れられなくて、釘付けになった。「男性のモデルさんがすっごく素敵で、イケメンで、かっこいいなぁーって思っちゃって。でも、あとでどの雑誌を探しても、そのモデルさんを見かけることはありませんでした。だけどもしかしたら……私もこの業界に就職すれば、また会えるかもしれないって内心そう思ったのは事実です」 動機、不純でしょ? と笑ってそう言えば、宮田さんが苦笑いを浮かべる。  本当に不純な動機だ。  そのモデルの彼に近づけるのなら、職種は何でも良かったのか?と、当時の自分に突っ込みたいくらい。 だけど実際にブライダル業界に就職してみたら、仕事は思っていた以上に楽しい。  今は当初の動機を忘れちゃうくらい。「そのモデルの名前は?」 「さぁ? わかりません。年齢は若かったと思いますけど、もちろん私よりも年上でしょうね」 「もしかして、まったくなにも知らないの?」 驚きの声をあげる宮田さんに、私はゆっくりとうなずく。「あの時たまたまモデルをやっただけで、元々モデルとしての活動をしていなかったのかもしれませんし、今となっては探す手段もありません」 「そっか」 「とい

    Last Updated : 2025-04-03
  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第八話

     ただ一方的に憧れているだけだもの。  私のことを知ってもらおうとか、そんな気持ちは一切ないから。  あの時はただ、彼を見て純粋に胸がキュンとした。  整った顔がまるで王子様みたいで、その笑顔に胸が高鳴った。 あれから八年経つ。……今の彼はもっと大人になっているんだろうな。  今もきっと、イケメンぶりは健在なのだろう。「袴田さんもこのことは知らないの?」 「……うちの部長ですか?」 唐突に出された名前に、首を傾けながら不思議そうに宮田さんを見る。「はい。言ってませんけど?」 「それを聞いたら、袴田さんは妬いちゃうよね」 「……は?」 今度は思わず眉をしかめた。この人はなにを言ってるんだろう。「部長が……妬く? 私にですか?」 「うん。あれ? そういう関係じゃないの?」 「違いますよ! 部長は若く見えますけど四十歳です。私といくつ歳が離れてると思ってるんですか。そんな関係にはなりえません」 私がそう言うと、宮田さんはワハハと声に出して急に笑い出す。  勘違いが解けるといいのだけれど。「バカだね、朝日奈さんは。年齢なんて関係ないじゃん。それくらい歳の離れたカップルや夫婦、いくらでもいるよ」 そう言われてみると、そうだ。  その人のことを好きかどうかであって、年齢は関係ない。  私と部長は十四歳差だけれど、世の中にはそれくらいの歳の差カップルもたくさん存在する。  自分の言ったことが、今更恥ずかしくなってきた。「それにしても袴田さんは四十歳なんだ。ほんと、実年齢よりずいぶん若く見えるね。髪型や体つきもオジサンくさくないし、シャツとかネクタイとか、選んでるもののセンスがいいからかな」 部長とは一度会っただけのはずなのに、そこまで見ていたのかと感心してしまったけれど。  そういえば以前、部長が言っていた。  人や部屋や空間……そういうところを見てしまうのがクセなのだと。  宮田さんも、きっとそうなのだろう。「部長は元々インテリアデザイナーを目指してたんですよ」 「……デザイナーね。なるほど、どうりで。まさか僕と同じ畑だったとは」 なにかをデザインして、それを形にしていく……  そう。ふたりはおおまかには同じ畑の人間なのだ。「ま、とにかく。袴田さんと付き合ってないんだったら、ライバルはその、八年前のモデルくんかな

    Last Updated : 2025-04-03
  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第九話

    「もし、そのモデルくんに会うことができたら告白しちゃう?」 「なにを言ってるんですか。もう会えませんよ。八年間、全く紙面で見かけませんし」 「万が一だよ。万が一、もう一度会えたら、好きですって言うつもり?」 サラっと返事を返す私とは正反対に、隣を見るとなぜか宮田さんは不機嫌そうな面持ちになっていた。 八年ぶりにまた会えたからって、告白?  本当になにを言うんだ、この人は。  向こうにとってみれば八年ぶりも何もなく、いきなり知らない女が告白してきたことになるのに。 八年前からファンでした、くらいのことは勇気を出せば言えるかもしれないけれど。  本気の告白なんて、できるわけがない。ま、するつもりもないけど。  憧れの人をまたこの目で見てみたいだけだ。  でも、こういうのももしかしたら片想いのうちに入るのかな?  憧れだから、違うのかな?……それすら私はよくわかっていない。「どうしたんですか? 顔が怖いですよ」 「だって気になるし、妬けるよ」 漆黒の瞳が、私を捕らえてじっと射貫く。  なんだか距離が近いのでは? と思ったときにはすでに、額にそっとキスをされていた。「なっ、なにしてるんですか」 「あ、本当だ」 まるで今のは、自分ではない別人がしたことみたいに、宮田さんはあっけらかんとした表情で笑っていた。  冗談では済まされない行為でしょ、これは。「なんか今ね、チュってしたくなったんだ。なんでだろうね」 なんでだろうね、って言われても、こっちが聞きたい。「……あ、そうか」 彼は自問自答しつつ、なにか自分なりにその答えを見つけたようだ。「僕は朝日奈さんが好きなのか……」 なんだ、そういうことか。  などと、納得したような顔をする宮田さんを前に、私は驚愕して言葉が出ない。  ただ宮田さんを見つめて、パチパチとまばたきを繰り返してしまう。 私は今、告白されたのだろうか。 宮田さんから?  ま、まさか。  だって宮田さんにとって私は、ただの仕事相手で。  ほかの女性と変わらない、からかって遊ぶだけの、なんてことはない存在のはずなのに……「冗談……ですよね?」 だけど。宮田さんの唇が触れた額が、そこだけ熱を持って熱い。  どうしちゃったんだ、私……  というか、唐突になんてことをしてくれるんだ!「本気だけど?」

    Last Updated : 2025-04-03
  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第一話

    「緋雪! 今週の日曜日、空いてる?」 お昼休みに休憩スペースでコンビニの鮭おにぎりを頬張っていたら、麗子さんから声をかけられた。「今週、なにかあるんですか?」 「うん。友達と行こうとしてたライブがあるんだけど。その友達、行けなくなっちゃってね。チケットがもったいないから一緒に行こうよ!」 テンションの高い麗子さんを前に、眉尻を下げてペコリと頭を下げる。「すみません、今週はちょっと用事があるんですよ。本当は麗子さんとライブに行きたいんですけど……」 麗子さんと出かけるほうがどんなに良いか。  どんなに楽しくて、気が楽なことか。  聞けば、それは今人気のバンドのライブだった。  ストレス解消にはちょうどいいのだけど。「なんだぁ、緋雪もダメかぁ」 「ごめんなさい」 シュンと肩を落として謝ると、麗子さんがクイっと口の端を上げて意味ありげに微笑んだ。「何……緋雪、彼氏でもできたの?」 「いやいやいや、そんなわけないじゃないですか!」 手をブンブンと横に振りながら、あわてて真っ向否定すると、麗子さんはケラケラと綺麗な顔で笑う。  否定する自分が悲しいけれど。「また、誘ってください」 「うん、また今度。その代わり、男が出来たら絶対言いなさいよ?」 せっかく先輩が誘ってくれたのに、それを無下に断る後輩でごめんなさい。  それもこれも全部、気まぐれイタズラわがままっ子のせいなんです! ――― 時は、昨日の夜にさかのぼる。 私が仕事から帰ってきて、家でホッと一息ついたのもつかの間。  スマホに、宮田さんから着信があった。  どうしたのかと、自然と眉間にシワを刻みながらも静かに通話ボタンを押す。「もしもし」 『あ、もしもし。朝日奈さん?』 一週間ぶりに聞く、彼の声。 そう、あの日……  告白だのキスだのと、幻聴とか幻影に一気に襲われたあの日から、会ってもいないし電話もしていなかった。  デザインの進捗は気になっていたし、それは仕事として確認しなくてはいけなかったけれど。  あれがまったくの幻だったとは、やっぱり思えない。  どう考えてもあれは夢や幻じゃなくて現実だった。  それをただ認めたくなくて、私は幻だったと思いたいだけなのだ。 仕事をする上で、彼を無視するのもそろそろ限界だなと思っていた矢先。  おそるおそる電

    Last Updated : 2025-04-03

Latest chapter

  • 解けない恋の魔法   第五章 パーティの魔法 第二話

    「ありがとうございます。宮田さんもすごく素敵ですよ」 少し照れたけれど素直に感想を言うと、当の本人の宮田さんは私以上に照れてしまったみたい。  顔を赤くしたのを私は見逃さなかった。 タクシーを呼んで、二人で美容室へ向かう。  大して事務所から距離は遠くなくてすぐに到着した。  そこはけっこう大きな美容室で、日曜だから来店客で少し混雑している。「マチコさーん!」 受付カウンターの奥にいた女性に、宮田さんが声をかけると、30代後半くらいの女性が振り向いて笑顔を向けてくれた。「宮田くん、待ってたわよ。いらっしゃい」 こんにちは、とお決まりの挨拶を済ませると、宮田さんと私を手招きして美容室の奥にある個室のようなスペースへと案内したこの女性・マチコさんは、ここのオーナーらしい。  私は促されるままに、大きな鏡の前に座らされた。「マチコさん、このドレスに合うようにセットしてね」 「はいはい。最上さんのドレスを台無しにはしませんよ」 「あはは。そこは信じてるけど」 マチコさんは、なんでもテキパキとこなすやり手のオーナーという印象だ。  仕事でお世話になっている美容師だと、宮田さんからは聞いていたけれど、けっこうふたりは親しそうだ。「で、ご希望は?」 「全体を緩くふわふわ~っと巻いて……後は任せる。あ、メイクもね」 「了解」 その会話に私は一切入れず、ただ唖然と聞き入るだけだった。  マチコさんは鏡の中の私ににっこりと微笑むと、私の髪をサラサラといじり始める。「かわいくしてあげるからね。任して!」 「よ、よろしくお願いします」 この人の手で、今から魔法をかけられる……  なんだかそんなふうに感じさせられるほど、マチコさんはカッコいい。「忙しい日曜に、ごめんね」 後ろの椅子に腰掛けて待機している宮田さんが、マチコさんに申し訳なさそうに声をかけた。  美容室の土日は忙しい。  だけど、知り合いである宮田さんの為にマチコさんはわざわざ予約をあけてくれたのだろう。「ほんとだよ。だけど宮田くんの頼みじゃ断れないでしょ。パーティだって?」 「うん。最上さんの代理でね」 「へぇ、いろいろ大変ね」 ――― 今の会話でわかった。  マチコさんは、宮田さんの正体を知らない。 話しぶりからすると親しい間柄のようだし、自分の正体を話して

  • 解けない恋の魔法   第五章 パーティの魔法 第一話

     日曜日。誘われていたパーティ当日になった。  迷ったけれど私はいつものスーツで最上梨子デザイン事務所を訪れた。  どのみちドレスに着替えるのだから律儀にスーツじゃなくてもいいような気がしたけれど、仕事ではないとはいえ、私の中では少し仕事気分だ。「朝日奈さん、今日もスーツなの?」 よっぽどスーツが好きなんだね、って出迎えてくれた宮田さんがケラケラと笑うのは、この際無視だ。  事務所は日曜だから業務は休みで、スタッフはもちろん誰もいない。  照明もあまりついておらず、昼間でも薄っすらと暗い中、宮田さんの後に続いて、この前の衣裳部屋へと入っていく。 パーティは夜からだけど、今日のスケジュールはこうだ。  まずこの衣裳部屋で、ドレスに着替える。  そして、宮田さんが予約してくれている美容室までタクシーで移動。  そこで髪をセットし、メイクをしてもらったら、そこからパーティ会場までまたタクシーで移動、という予定になっている。「靴、用意しといたよ」 部屋に入るなり、満面の笑みで宮田さんが私にパンプスを手渡す。  色は大人しめなシャンパンゴールドで、ピンヒール。  つま先から外側のサイドにかけて、ストーンが上品にあしらわれているデザインだ。  早速履いてみるように言われ、真新しいその綺麗な代物にそっと足を入れてみた。「どう? 足、痛い?」 「いえ。大丈夫です」 「そう、良かった」 「ありがとうございます。素敵な靴を準備していただいて」 お礼を言うと、「どういたしまして」と宮田さんが余裕めかして笑った。「じゃ、僕も隣の部屋で着替えるから、朝日奈さんもドレスに着替えてね」 意気揚々……とでも言うんだろうか。  宮田さんがなんだか楽しそうに、この前試着したドレスを私の両手に乗せて、そのままひらひらと手を振って部屋を出て行った。「入るよー」 コンコンコンと小気味よく扉がノックされ、着替え終わった宮田さんが再度登場する。  私もそのときには着替え終わっていて、自身を鏡で確認しながら大丈夫だろうかと心配していたときだった。「うん。やっぱり似合うな」 宮田さんのその言葉が私の不安を少しばかり軽減してくれる。  似合っているかは自分ではわからないけれど、ドレスと靴は見事にマッチしていた。  そして鏡に向かう私の後ろから、この前もつけ

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十四話

     兄妹の会話が面白くて、思わず少し声に出して笑ってしまった。  だって操さんは冗談のつもりは一切無く、至極真面目にそう言ってる。 今度の日曜にふたりで一緒にパーティに赴く事情を知らない彼女は、彼が理由もなく私に強引にドレスを着せて遊んでいるのだと誤解したらしい。  そうじゃなきゃ、仕事上の関係でしかない私がドレスに着替える必要がないと考えるのは当然だ。 ――― それにしても、ド変態はウケる。「違うんですよ。今度パーティに出席する際に宮田さんにドレスをお借りすることになって、さっき隣で試着してたもので。でもこんな格好でここにいたら驚きましたよね」 今更ながら自分がドレス姿なのが猛烈に恥ずかしくなってきて、赤面しながら操さんに説明すると、事情をわかってくれたようだった。「で? 操はなんの用?」 「なんの用?じゃないわよ。これよ、これ!」 操さんは思い出したようにムッとし、持っていた紙片をピラピラとさせながら、こちらへツカツカと歩み寄ってきた。  私は今がチャンスだと思い、ふたりが話している間に隣の部屋に戻ってスーツに着替えようと、そっとその場を離れる。「入金金額、間違ってるよ! ほら!」 「あれ? そうだったか?」 部屋をそっと出て行くときにふたりのそんな会話が聞こえたから、なにか仕事がらみの話なのかもしれない。  言葉の発し方に真剣さをうかがわせる操さんの様子から、なんとなくそう感じた。 隣の部屋でドレスを脱いで、着て来たスーツに着替え終わると再びアトリエ部屋に戻った。  てっきりまだ操さんがいるものだと思っていたのに、その姿は既になく……。「あれ? 操さん、帰られたんですか?」 「うん。僕が振り込んだ金額が違うとかなんとか喚いて、帰って行ったよ」 ……操さんの用事は短時間で済んだみたいだ。  操さんがまだいるのなら、私は自分の用事も済んだし、挨拶だけして帰ろうと思っていたのに。「操が働いてる会社、海外の輸入雑貨を扱ってるんだ。この前久しぶりに会ったらいろいろ仕入れさせられちゃってさ。で、その代金を振り込んだんだけど金額が間違ってるって、あの剣幕だよ。細かいこと言いすぎだよね」 「いや……全然細かくないですよ。振込み金額が間違っていれば指摘されるのは当たり前です」 至極当然だと私が素で言えば、冗談だよとケラケラと宮田さん

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十三話

    「突然来るなよ」 「だって、携帯に何度電話しても繋がらなかったの」 「あぁ…電話に出られなかったのは悪かったけど、部屋に入るときくらいはノックくらいしろよ」 「それは……ごめんなさい。まさか、客人がいるとは思わなかったから」 そう言って彼女が私のほうに視線を向け、バツ悪そうにごめんなさいと軽く会釈をした。  反射的に私もペコリと頭を下げる。「もしかして……お兄ちゃんの…彼女?」 「お、お兄ちゃん?!!」 彼女から突然飛び出したキーワードに、私は驚いて思わず大きく反応してしまった。  隣に立つ宮田さんが、その声の大きさにクスリと笑う。「妹だよ。誰だと思ったの?」 妹がいることは、以前聞いたような気がする。  自分とはまるっきり違う、真面目な性格なのだとか。  どうやらこの女性が彼の妹らしい。よく見ると、キリっとした目元が宮田さんにそっくりだ。「えっと……妹の操です。兄はちょっと……いや、かなり変わり者なんですけど、純粋なだけで悪気は全然無いので、いろいろとビックリさせたり迷惑をかけたりするかもしれませんが、嫌いにならないでやってください」 完全になにかを誤解した操さんが、もじもじとしながら申し訳なさそうに、私に一気にそう告げて頭を下げる。  しかも、真剣に、一生懸命に。  その姿を見て、兄想いの優しい人だと微笑ましく思った。「……操、なにをお願いしてるんだ?」 「変人過ぎるのが原因で、彼女に愛想をつかされないようにお願いしてるんじゃないの」 「この人は僕の恋人じゃなくて仕事関係の人だよ」 「え?!」 やはり私のことを恋人だと誤解していたようで、キリっとした彼女の瞳が再び大きく見開かれた。「初めまして。リーベ・ブライダルの朝日奈と申します。今回ブライダルドレスのデザインでお世話になっております」 「そう……だったんですか……。うちの兄が、本当に申し訳ありません! 仕事関係の方にそんなドレスまで着させてよろこぶなんて、ド変態極まりないですよね」 「ちょっと待て。誰がド変態だよ!」

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十二話

    「僕と朝日奈さんの感覚が同じで、良かったよ」 目の前の彼は、あっけらかんとそう言って笑うけれど。  また振り出しに戻ったのかと思うと、私は苦笑いしか返せなかった。「そんな顔しないでよ。 なんとなく頭でイメージが沸いたからといって、実際にデザイン画に描きおこしてみたらどうも違う……なんてことはよくあるんだから」 「そうですよね」 私だって、ピンと頭に思いついた企画や立案をいざ書面にしてみると何かがうまくいかなかったり。  自分ではそのときは良い案だと思ったのに、少し時間が経って冷静になるとそうでもなかったり。  私の仕事ですらそういうことがあるのだから、宮田さんの言っていることは、デザインに素人である私でもわかる。「やっぱりさ、今着てるそのドレスを初めて見たときみたいに、朝日奈さんをパーっと素敵な笑顔にするデザインを描かなきゃね」 そう言われて思い出した。 私が今、オフィスで仕事をする格好ではないことを。「着替えてきます」 「えー、もう着替えちゃうの?」 咄嗟にまた手首を掴まれたけれど、それを振り切ろうと思った時だった ―――「ちょっと! これどういうことなの?!」 入り口のドアがノックもなしにいきなりバーンと開け放たれ、そのセリフと共にメモ紙のようなものを持った女性が部屋の中に入ってきた。  彼女はその紙片を見つめていたため、一瞬私に気づくのが遅れたようだ。  顔を上げて正面を向くと、視界に私を捉えて驚いて歩みを止めた。  濃いグレーのビジネススーツをきちんと着こなしていて、ナチュラルメイクで髪は航空会社のCAのように上品にさりげなくすっきりと後ろでまとめている。  目元がキリっとしていてキャリアウーマンという印象だ。  その女性が、鳩が豆鉄砲をくらったように、目と口をあんぐりと開けて驚きを隠せないでいる。 「……操(みさお)」 宮田さんがボソリとそう呟いて、あきれたように溜め息を吐いた。 一体、この女性は誰なのだろうか。  こんな風に部屋に入ってくるのだからただの事務スタッフではない。  宮田さんは、自分を最上梨子だと知っている人しか、この部屋には基本的に入れないはずだから。  なのでここに出入りできる人間は、本当に限られていると思う。  そして彼女は、宮田さんに対してタメ口なのだ。  ということは、相当親

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十一話

     水族館の水槽の水泡が綺麗だ、って言ってたくらいで、全然進んでる様子じゃなかったのに。  描いてくれたのだと思うとものすごくうれしくて。  どんなドレスなのだろうとワクワクして。  そのデザイン画を、自分が誰よりも早く見られることによろこびを感じた。「こっち来て?」 宮田さんがいつもの黒いソファーとガラステーブルではなく、奥にある仕事用のデスクのほうへ手招きする。  デスクの周りにいろんなものが乱雑に置かれているそこの椅子へ、ドカっと腰をおろした彼の隣に私は所在なさげにそっと立った。  そして彼はデスクの左側の一番下の引き出しから一枚の紙を取り出して、私にサッと手渡す。「これなんだけど」 見せられたその紙には、最上梨子らしい綺麗なドレスのデザイン画があった。  パステルで軽く色づけまでされている。「これって、例の水泡のイメージですか?」 「うん、そう」 青ではなく、綺麗な水色をベースに水泡のイメージを白のレースで形作られているデザインだ。「どうかな?」 「素敵です。綺麗なドレスになりそう」 腰から下のスカート部分が流れるように滑らかなラインで、特に綺麗。  正直にそう思ったから答えたのだけど、産みの親である宮田さんはなぜか苦笑いだ。「朝日奈さん、これに点数つけるなら何点?」 突如そんな質問が飛んできたから答えに困ってそこで会話が途切れた。  いきなり点数をつけろと言われても……。  ……90点くらい?  それじゃあ、あと10点何が足りない? と聞かれそうだ。「うん、わかった」 「え? なにがわかったんですか?」 私がそう尋ねても、彼は言葉を発せずいつも通りニコリと笑うだけだ。  机の上にあったペン立てから適当にペンを手に取り、あろうことかそのデザイン画の上から、乱暴に塗りつぶすようにしてグリグリとペンを走らせた。「あーーーー!! 何してるんですか!」 それを見て、私がそう叫んだのは言うまでもない。「これ、気に入らなかったでしょ?」 私が点数を訊かれて、躊躇ったから?  間髪入れず、100点!って言っておけばよかったのかな。  あぁ、せっかく出来た素敵なデザインだったのに……もうボツなのかな。「いえ、このデザイン素敵ですよ」 「ウソ。気をつかわなくていいよ。僕はこれは60点」 「へ?」 「たとえ

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十話

    「えっと……あとは髪とメイクかな」 つかつかと歩み寄ってきて、なにをするのかと思えば長い腕を私の後頭部に回し、私が後ろで一纏めにしていた髪留めをスルリとはずしてしまった。  私の長い髪が突然自由になって、頬に自分の髪が当たる。「……髪、当日は緩く巻こう」 そう言って全体を見ながらも、下から少し持ち上げるように髪を触られると、変に意識してしまってドキドキする。「仕事でよくお世話になってる美容師さんに予約を入れとくから。当日その人の美容室で綺麗にしてもらおっか」 もちろん僕もついていくよ、なんてニッコリ笑顔で言われたら、こちらももううなずくしかできない。  やっぱりこの人は、この道のプロで。  仕事の関係上、美容師さんやショップのあちこちに知り合いや友達がいて。  ちゃんと、デザイナーなのだと痛感させられた。  しかも私が大好きな、最上梨子だ ―――「あの…いろいろありがとうございます。では私、着替えてきますね」 試着を終え、再び元着ていたスーツに着替えようと宮田さんに背を向けたとき、そっと手首を掴まれた。「ちょっと待って」 まだ、何かあるのだろうか?  ドレスに装飾品、バッグ、靴、ヘアスタイル……あと何が残ってる?  考え込む私をよそに、次の瞬間、彼の口から驚く言葉が言い放たれた。「せっかくだから、もうちょっとその格好でいたら?」 「……は?」 なにを言ってるんだろう?と、自然と私の眉根が寄る。「いや、あの……仕事の話をこれからしようと思ってましたので着替えます」 咄嗟にそうは言ったが、例え仕事の話がなかったとしても、私がこのドレス姿でしばらくすごす意味がわからない。  普通は着替えるに決まっているのに。  やっぱり、この人の考えていることはわからない。  もし頭の中を開けて見ることができるのなら、その思考回路が正常かどうか確認したい。「仕事の話は、その格好でも出来るでしょ」 「え?!」 「じゃ、行こう!」 「わっ!」 反論する暇もなく宮田さんが私の手を引いて入り口のドアを開け、隣のアトリエ部屋へと強引に移動する。  今回は近い距離だったけれど、再び引きずられて歩く形になった。  だから……そうやって勝手に手を引っ張っていくのはやめていただきたい。「私、さっきの部屋にバッグを置いてきちゃいましたよ!」

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第九話

    「どういう意味ですか?」 「だって……このドレスもネックレスも、朝日奈さんしか着ないし付けない。ほかの人間は誰であっても、これを身につけるのは僕が許さないから」 もう恒例のごとく、やっぱり会話はかみ合わない。  なんと言葉を返していいものかと、一瞬間があいた。「だから預かっといてあげる。ここに置いといて、朝日奈さんの気が向いたときに着ればいいから」 そう言われても、私みたいな一般人がドレスを着る機会なんて滅多にない。  そんな考えが頭に浮かんだものの実際に言葉にするのはやめておいた。  さすがにそこまで言うと、かわいげがない気がして。「バッグはこれかな。あ、それは僕のデザインじゃないけど」 宮田さんが今度はバッグをおもむろに選んで、ポンと私に手渡す。  ラインストーンのついた、アイボリーのクラッチバッグだ。「足は何センチ?」 「二十三センチ……です」 「あー、さすがに靴はサイズが合わないな」 しゃがんで靴の置いてある棚を物色しながら、残念そうに宮田さんがつぶやいた。  棚の靴はディスプレイ用なのか、全部新品みたいだ。  なんでもいいのなら、二十三センチの靴はありそうだけれど。  このドレスに合うもので、と彼が見当をつけた靴は、どうやらサイズが違っていたようだ。「靴は用意しておくよ」 用意しておくって……「どこかで購入するんですか?」 「うん」 「それなら私が買いに行きますから」 「それはダメだよ。僕が選ぶ」 そう即答された上、絶対にそれは譲らないという決意のようなものが伝わってきた。  たしかに、宮田さん……いや、最上梨子に選んでもらったほうがドレスにピッタリの靴を探し出してくれると思う。「じゃあ、後で代金を請求してください」 「朝日奈さんに? それもダメ。心配しなくても友達の店に頼むから、普通より割り引いてもらえるし」 いくら友達のお店で買うと言っても、代金は少なからず発生するのだ。  さすがにそこまでしてもらうのは、申し訳がなさすぎる。  ドレスやネックレスやバッグを貸してもらうだけで十分感謝しているのに、さらに私のために靴を買うだなんてとんでもない。「ダメですよ。それはさすがに悪いですから!」 手をブンブンと横に振りながら、慌ててそれを止めようとした。「好きな女の子に靴をプレゼントするだけ。な

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第八話

     急にくるりと身体を反転させられたと思えば、後ろから宮田さんの長い腕が伸びてきた。  煌びやかなネックレスが、鎖骨あたりにひんやりと当たる。  チェーンの部分にまでところどころダイヤがあしらわれていて、螺旋のデザインにしてあるため、すごく全体的に重厚感がある。  中央の胸元部分はさらに豪華に二連にしてあり、まるでお姫様がつけるネックレスみたいだ。  金具を首の後ろで留めてくれた宮田さんが、再び私の身体を反転させて正面から見つめた。「朝日奈さんの肌に、よく合ってるね」 私に合ってるかどうかは自分ではわからないけれど。  傍にあった鏡を見ると、ドレスとネックレスが見事にマッチしていた。  ドレスだけだと胸元が寂しい感じだったが、このネックレスをつけると相乗効果でどちらも輝きが増した気がするから不思議だ。 やっぱりこのセンス ―――  最上梨子は天才だな、なんて思うと、自然と頬が綻んで笑顔になった。「気に入ったなら、そのネックレス、あげるよ」 「え?! こんな高いものは貰えません」 なにを仰ってるんですか。  プラチナとダイヤで出来ているネックレスを、そんなに簡単にもらえないです。  しかもダイヤ、いくつ付いてると思ってるんですか!「それ、ダイヤが全部小粒だから、そんなに高くないよ」 「いや、でもダメです。絶対もらえません!」 私がそう言うと、宮田さんは残念そうに肩を落とした。「もしかして気に入らなかった? だとしたら、それも僕がデザインしたからちょっとショックだな」 「えぇ?! これもですか?」 着けているネックレスにそっと触れ、驚きながら鏡に映るそれを凝視する。「そう。遊びで作ったものだけど」 「遊び?」 「うん。昔、ジュエリーのデザインもしてみないかって話があったとき、試しに作ってみたんだ」 あらためて……この人はすごいんだと認識した。  今まで、わけのわからないことを言われたからといって、足蹴にしたりしてごめんなさいと心の中で懺悔する。 彼は今、『遊びで作った』って言った。だから全然本気を出していないってことだ。「オファーされたものとはイメージが違ったんだけど、僕はこのデザインが気に入ってね。実物を1つでいいから作っときたかったんだ」 たしかにこれは、デザイン画のまま埋もれさせてしまうのは、もったいない気

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status